宇賀多神社
うかたじんじゃ

旧社格
所在地
三重県志摩市阿児町鵜方1550

御祭神主祭神天忍穂耳命 (あめのおしほみみのみこと)五男三女神
天穂日命 (あめのほひのみこと)
天津彦根命 (あまつひこねのみこと)
活津彦根命 (いくつひこねのみこと)
熊野久須毘命 (くまのくすひのみこと)
市杵嶋姫命 (いちきしまひめのみこと)
多岐津姫命 (たきつひめのみこと)
多紀理姫命 (たぎりひめのみこと)
相祭神豊受姫命 (とようけひめのみこと)大正四年に村内各所に鎮座していたお社を合祀
素戔嗚尊 (すさのおのみこと)
倭姫命 (やまとひめのみこと)
木花咲夜姫命 (このはなさくやひめのみこと)
瀬織津姫 (せおりつひめ)
伊弉冉尊 (いざなみのみこと)
天児屋根命 (あめのこやねのみこと)
櫛八玉命 (くしやたまのみこと)
豊玉命 (とよたまのみこと)
琴平命 (ことひらのみこと)
応神天皇 (おうじんてんのう)
菅原道真 (すがわらみちざね)
綿津美神 (わたつみのかみ)
天水分神 (あめのみくまりのかみ)
建御名方神 (たけみなかたかみ)
大山祇神 (おおやまづみのかみ)
火之加具土神 (ひのかぐつちのかみ)
由 緒
例祭     一月三日 午後一時  斎行
由緒沿革
当社は室町時代に末殿八王子社と合祀し、江戸時代に宇気比神社、明治四年には天真名井神社というように、それぞれ社名を変えます。更に神社合祀政策が明治三十九年の勅命により明治四十二年、境内社を合祀し宇賀多神社として創建されました。また、大正四年には村内各所に点在していた神社の御祭神十七柱の神々を迎え入れ、右記の二十五柱の神々を祀る志摩国の代表的な神社として現在に至っています。
 社名のそもそも由来は地名である鵜方からきているのでしょうが、「宇」という字は[大空に覆われた世界・天下]を表し「賀」は[祝う・喜び]という意味。即ち先人は[御祭神のご加護により地元はもとより広い地域にまで喜びが絶えない幸福が授かりますように]と名ツ付けられたことが拝察されます。どうかご参拝の皆様にも広大無辺な大神さまの御神徳が授かりますよう節に願うところでございます。
 主祭神は天照大神の御長男の天忍穂耳命で、『古事記』にはまたの名を正勝吾勝勝速日天忍穂耳命とあり「正しく勝った、勝つことは日の昇るが如く明らかで速く、またこの世に多くの稲をもたらす神」という意味で、先手必勝の神、五穀豊穣、方位方災除・屋敷神として信仰厚き神様であります。
 また境内には全国的にも珍しい「社宮司社(しゃぐうじしゃ)」が奉斎されています。奉祀年代は不詳ですが、鎌倉時代に海の底から引き上げられた石(石神さま)で、以前は周囲を古色蒼然とした海石が高くまで積みめぐらされ、その社殿は御本殿の比ではなかったと言われています。人の顔、河童のようにも見える御神体は、家内安全・海上安全・豊魚満足を願う人たちの厚い信仰を集めてきました。古来『願い事を一つ』この石神さまに願掛けすれば必ず叶うとされ、霊験あらたかな石神さまの信仰は近年、若い女性にその広がりを見せています。
 本殿は鵜方の街々を見晴るかす小高い丘の頂にありますが、村人は神のみこころを恐れその山林に足の踏み入れる事を遠慮したため、この一帯は自然林をなし近年、絶滅危惧種のウガタオサムシやマルバベニシダ等の固有種が初めて発見されるなど、生物学者の調査研究場所として一躍有名となりました。
 そのように遠い昔から島地方の代表的な神社として広く信仰を集め、必勝祈願は勿論、合格祈願、海上安全、交通安全、方位方災除、厄除け、災難除、病気平癒、大漁満足、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、安産、初宮詣、七五三、技術の向上などの御祈祷が全国崇敬者をはじめ参拝者からのお申し出が絶えません。

御神木
 御神木は竹柏(なぎ)の木です。古来、海の穏やかな状態の「凪(なぎ)」に通じ、航海安全・平安無時が得られるとされてきました。また、厄難災難を「なぎ倒す」「難儀たおす」ということから災難厄除けの目出度い木ともいわれ、古来、旅人は道中のご加護を祈り竹柏の葉を身につけたとされます。
 葉脈のない葉の特徴から男女のご縁はもとより人と人、人と物との縁を結ぶ『縁結び』・『商売繁盛』・『家内円満』の木として大切にされてきました。
 御殿前にある御神木をよくご覧になると螺旋状に裂けた部分が見て取れます。これは江戸中期、落雷から御本殿を守護したと言い伝えられています。そのように縁起の良い当社の御神木の葉をお守りに奉製し、授与もしています。

御神宝
現在五頭の獅子頭が現存しています。最古の物は約490年前(室町年間)のもので当社の宝物殿に奉安されています。目鼻立ちが大きいのが特徴で、邪悪を睨みつけ罪穢れを大きな鼻で吸い込むとされ、氏子を始め町中の除災招福を祈願して舞われていたものと考えられます。
 これは正月三ヶ日、獅子舞奉納時のみ境内で特別公開されます。

特殊神事(獅子舞)
 正月元旦から三日にかけて境内で獅子舞が奉納されます。この獅子舞神事は室町時代中期に始まり疫病退散、災難厄除けなど村内鎮護の祈願として奉納されてきました。三日間にわたる一連の行事は無形文化財に指定されています。
 獅子の舞方は獅子舞保存会の高校生八人で、十二月初旬から毎晩練習、研鑽を積み正月三ヶ日は寝食を共にし、参籠潔斎してこの獅子舞の伝統文化を厳重に守り続けています。

狗頭取(くどとり)とその示す紋章の意味
 狗頭取は猿田彦大神と天宇受売命のお面を付けた少年が獅子の進む方向を導きます。獅子舞に先立ち狗頭取が七方向の仕切りを行います。その方向は本殿・籠殿、社宮司社・竹柏木・鳥居・伊勢神宮・浅間社を指し、獅子が舞う神聖な場所を示しながら仕切ります。即ち『お祓い』の意味が込められています。これを図にすると星形の図案となり、古くから災難厄除けのご利益が授かるありがたい紋章として身につけたり神棚付近に張り付けたりします。当社の御朱印・厄除け守りは持つ人の安全と厄除けをご祈念致し特別にこの紋章を付けています。
     ―参拝の栞より―

神社入り口
神社入り口

参道の全景

参道

境内入口

駐車場が右側にあります。
二の鳥居
二の鳥居

鳥居に注連縄が張られている。
あまり見ない注連縄です。
手水舎
手水舎

倉庫なのかよくわかりません
「獅子舞の由来」の説明板が掲げられている。
拝殿
拝殿
御神木「竹柏」
御神木の「竹柏」

「竹柏」の全景

竹柏の全景
由緒書
由緒書
狛犬狛犬
拝殿前の狛犬
社宮司社
「社宮司社」

拝殿の右横です
社宮司社
社宮司社(しゃぐうじしゃ)

 奉祀年代は不詳ですが、鎌倉時代に海の底から引き上げられた石(石神さま)で、以前は周囲を古色蒼然とした海石が高くまで積みめぐらされ、その社殿は御本殿の比ではなかったと言われています。人の顔、河童のようにも見える御神体は、家内安全・海上安全・豊魚満足を願う人たちの厚い信仰を集めてきました。古来『願い事を一つ』この石神さまに願掛けすれば必ず叶うとされ、霊験あらたかな石神さまの信仰は近年、若い女性にその広がりを見せています。

拝殿内の神輿
大小数台の神輿があります。

 拝殿内の神輿
本殿
本殿
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